最高裁判所第一小法廷 昭和50年(オ)115号 判決 1975年10月02日
上告人
石丸岩吉
右訴訟代理人
坂本亮
武藤達雄
被上告人
田中秀雄
主人
本件上告を棄却する。
上告費用は上告人の負担とする。
理由
上告代理人武藤達雄の上告理由一について
原審が適法に確定したところによると、被上告人は、その所有にかかる本件宅地1094.20平方メートルを、昭和四一年六月に、上告人に対し、バッティング練習場(野球打撃練習場)として使用する目的で、期間を同年六月三〇日から昭和四二年四月末日までとし、右期間内でも被上告人が自ら使用する場合には一か月の予告で本件宅地の明渡を求めることができ、上告人は被上告人の承諾なく建物・構築物を建築してはならず、承諾を受けて建築する建物も仮設のバラック式のものに限り、かつ、床面積も延16.52平方メートルを超えないものとする等の約定のもとに貸与し、その際、上告人は被上告人からバッティング練習場用構築物及び右制限面積の管理人事務所用建物の建築の承諾を得て、本件宅地の約七割の部分の四囲に鉄柱を建て周囲及び上面に鉄網を張り廻らせ、打撃席及び投球用機械七台を設備してその各部分に波形トタン板の屋根を設けた本件構築物をバッティング練習場として建設し、また、本件宅地のその余の部分に土間のままで基礎工事はなく約8.25センチメートル角の木柱に内部を板張、外壁及び屋根を波形トタン板張りとした床面積27.74平方メートルの仮設建物を管理人事務所として建築したというのであつて、右事実関係のもとにおいては、右賃貸借契約は借地法一条にいう「建物ノ所有ヲ目的トスル」賃貸借に該当しないとした原審の判断は、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。それゆえ、論旨は採用することができない。
同二について
原審が適法に確定したところによると、上告人はバッティング練習場の営業を開始し、開始当初は盛況であつたが、一、二か月間で盛況の状態も終り、冬期に入るとともに右営業は不振の度を強め、投下資本は短期間で回収しようと企図した上告人の計画も果せなくなつたので、被上告人は、上告人に本件宅地の西側空地部分に卓球場用建物を建築させ、経営不振のバッティング練習場経営と併せて卓球場を経営させることによつて右投下資本の早期回収及び本件宅地の早期明渡を実現させる目的で、昭和四二年一〇月ころ、上告人に対し、賃貸借期間を同四三年一二月末日までと定めたうえ、卓球場建物を建築することを承諾し、上告人において右空地部分にブロックの基礎の上に約11.5センチメートル角の木柱を建て、外壁及び屋根を波形トタン板で張り、内壁及び天井に新建材を使用し、床を板張りとし、内部には柱及び間仕切壁もない床面積120.6平方メートルの卓球場用建物を建築したというのであつて、右事実関係によれば、右卓球場用建物の所有が本件宅地をバッティング練習場として使用するための従たる目的にすぎず、有卓球場用建物の敷地部分を含む本側宅地の賃貸借契約が借地法一条にいう「建物所有ヲ目的トスル」賃貸借に該当しないとした原審の判断は、正当として是認することができ、その過程に所論の違法はない。それゆえ、論旨は、採用することができない。
上告人の上告理由について
所論の点に関する原審の認定判断は、原判決挙示の証拠関係に照らし、正当として是認することができ、原判決に所論の違法はない。論旨は、ひつきよう、原審の認定にそわない事実を主張し、原審が適法にした証拠の取捨判断及び事実の認定を非難するものにすぎず、採用することができない。
よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。
(団藤重光 下田武三 岸盛一 岸上康夫)
上告代理人武藤達雄の上告理由
一、原判決は借地法第一条の解釈を誤つている。
原判決は最高裁判所昭和四二年一二月五日第三小法廷判決(民集二一巻一〇号二五四五頁)を引用して、借地法第一条の「建物ノ所有ヲ目的トスル」とは、借地人の借地使用の目的がその地上に建物を築造し、これを所有することにある場合を指し、借地人がその地上に建物を築造し、所有しようとする場合であつても、それが借地使用の主たる目的ではなく、その従たる目的に過ぎないときには借地法第一条には該当しないとする。
けれども「建物の所有を目的とする」の意義は借地法の制定の経過(明治四一年第二四議会では「他人ノ土地ニ於ケル工作物及竹木ノ所有権保護ニ関スル法律案」であり明治四二年第二五議会では「工作物保護ニ関スル法律案」であつた)並に制定の趣旨から云えば「建物自体」の使用・収益価値の保護ではなく「その中に営なまれる人の生活、営業の保護」と云う見地から目的論的に解釈せられるべきである。
そうすると人の生活が営業の根拠となる「建物ばかりでなくこれと同視すべき人の生活・営業の基礎となつている設備(工作物)をも右建物の中に含まれると解するのが正当である。
借地法が「その中で営なまれる人の生活、営業の保護」を目的としたのは借地人がせつかく生活又は営業のために投下した資本並にその安定を貸主の恣意により覆えされることを防止するためである。そのためには多額の資本を投下して営業のために設置した家屋と同視すべき設備物(工作物)には借地法の適用があると解すべきである。借地人の借地使用の目的が建物所有を主たる目的であるか、従たる目的かによつて借地法の適用の有無を決定する考え方は余りに「建物」に拘泥し過ぎ借地法の目的に反する。
してみると本件の場合上告人が建築した建物をも含めその設備の規模、投下資本額を考えた場合当然借地法は適用せられると解すべきである。
二、原判決は上告人が被上告人から承諾を得て昭和四三年一月頃までに完成した卓球場用建物の所有は右土地をバツティング練習場として使用するための従たる目的に過ぎないと認定しているのは、論理的に理解出来ず判決の理由に齬齟あるものである。
卓球場が何故バツティング練習場の従たる目的なのか理解し得ない。少くとも卓球場用建物の建築の合意がなされた時点で借地法の適用される賃貸借契約が成立したものと解すべきである。